「本質に還る」
余計なものが溢れた世界で
チェンバロは、静かに層をほどいていく
最後に残るのは、本質だけ
音は、奏でるものではない。
私はただ、 そこに居る。
Sound is not something to be played.
I simply remain there.
チェンバロ的な構造で生きる
目に見えるもの(音)と同じくらい
目に見えないもの
ー余白・消えゆく気配を大切にし
それらを繊細に配置することで
世界の静けさをデザインして生きる
わたしの音楽の本質
チェンバロの音は
何かを“変える”ためでもありません。
重なりすぎたものを
ひとつずつ静かに外し
本来の響きに還していく音。
わたしの音楽は
「何かを得る時間」ではなく
すでに在るものを思い出すための時間。
チェンバロとわたし
チェンバロを、
技術や様式のための楽器としてだけ
扱ってはいません。
その音が持つ
・過度に主張しないこと
・響きを殺さないこと
・余白を許すこと
——その在り方そのものに
人が自由になるためのヒントがあると
感じてきました。
わたしは
チェンバロを「弾く」のではなく
その音が起こる条件を整える
という姿勢で向き合っています。
このサイトに出逢った方へ
ここでは、
答えや結論は用意していません。
音を聴き
言葉に触れ
少し立ち止まる。
その先で
何かが足されるのではなく
余計なものが静かに離れていく。
この場所が
あなたが
何者でもなくなるための
小さな入口になれば幸いです。
作品は note にてご紹介しています。
(準備中 — 今しばらくお待ちください)