バロック時代の音楽家にとって、西洋占星術と音楽は切り離せない「地続きの学問」。
当時の世界観では、宇宙の星々の運行(マクロコスモス)と、人間の心身や音楽(ミクロコスモス)は、同じ数学的・霊的な法則で共鳴し合っていると考えられていたからです。
「天球の音楽」と7つの惑星
バロック時代、宇宙は地球を中心とした7つの天体(月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星)によって構成されていると考えられていた。
- 7つの音階と7つの惑星: 1オクターブを構成する7つの音(ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ)は、これら7つの惑星に対応しているとされていた。
- 宇宙のハルモニア: 惑星が空を移動する際、それぞれの距離や速度に応じた「音」を発しており、その完璧な和声が地上に「秩序」をもたらしているという思想。
- チェンバロでの実践: 各旋法(モード)や調性に特定の惑星の性質(例:金星=愛・優美、土星=憂鬱・厳格)を投影して作曲・演奏することが一般的に行われていた。
4つの気質(四体液説)と音楽表現
占星術の「4元素(火・地・風・水)」は、人間の「4つの気質」と密接に結びついていた。
バロック音楽の核心である「アフェクト(情念)論」は、この気質をコントロールするための学問でもあった。
| 元素 | 占星術的性質 | 気質 | 音楽的表現の例 |
| 火 | 情熱、活動的 | 多血質 | 速いテンポ、跳躍する音程 |
| 地 | 安定、沈着 | 憂鬱質(メランコリー) | 半音階的下行、低い音域 |
| 風 | 軽やか、流動 | 粘液質 | 流れるような装飾音、優雅なリズム |
| 水 | 感情、受容 | 胆汁質 | 鋭い付点リズム、激しい強弱 |
当時の音楽家は、聴衆の特定の「気質」に働きかけ、宇宙的なバランスを取り戻させるために、これらの要素を数学的に組み合わせて作曲していた。
十二宮(ゾディアック)と調性
バロック時代に平均律(に近い調律)が普及し始めると、「12の調性」と「黄道十二宮(12星座)」を対応させる考え方が強った。
- J.S.バッハの意識: バッハが『平均律クラヴィーア曲集』で12すべての音を網羅しようとした背景には、宇宙(12星座)のすべてを鍵盤の上に再現し、神の秩序を完結させるという百科事典的な情熱があった。
- 特定の調性の意味: 例えば、C-dur(ハ長調)は「純粋・始まり(牡羊座)」、D-dur(ニ長調)は「勝利・光(太陽/獅子座)」といった象徴的な意味が、占星術的な文脈と重ね合わされることが多々あった。
占星術的な「時間」の感覚
バロック音楽、特にチェンバロ音楽において「拍子」や「リズム」は、単なる速さではなく、天体のサイクル(周期)の模倣でした。
- ホロスコープと楽譜: ホロスコープが「円」の中に星を配置するように、当時の音楽理論家(キルヒャーなど)は、円形の楽譜や、循環する和声進行に「永遠」や「天体の回帰」を象徴させました。
- 即興演奏(通奏低音): チェンバリストが通奏低音で即興を行う際、それは「刻一刻と変化する星の配置(トランジット)」に対して、その瞬間に最もふさわしい調和を提示する、占星術師の鑑定に近い行為でもあった。


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